【随筆】過去の自分との再会とこれからのわたし〜中目黒マルシェの手伝いを通して気づいたこと

基本的に自分は無能だと思っているので、自分から手伝いを申し出ることは滅多にない。

 

それがどうした訳か、急に言葉が口をついて出た。「なにかお手伝いすること、ありますか?」

それはもう15年ほども通い続けている中国茶喫茶の店が新しく始めたイベント、「岩茶房中目黒マルシェ」2回目の時だった。

開店すぐを狙って買い出しに行ったのだが早すぎてしまい、ちょっと一回りしてこようと自転車を漕ぎはじめた時、店長さんに会ったのだ。

そこで看板を貼っているところに最初のお客様がいらして、思わず知らず応対をしてしていた。応対は別に頼まれていなかったのに。そのままつい居座って、お昼過ぎまで売り子をしてしまったのである。

 

これが実に実に楽しかった!

気を回すのが楽しく楽しくて仕方がない。どう並べたら見やすいか。挨拶のタイミングや声のトーンをどうするか、ある程度の親しみを込めながら押し付けがましくはならないように工夫する。余分な会話なしであっさりと買っていきたいお客様なのか、売り子とのやり取りを楽しみたいお客様なのか、様子を見ながら。どのタイミングでサービスの飲み物をお勧めしたり、チラシをお渡しすれば、あるいはしない方が、良いのだろうか。早く正確に、かつお客様も納得できるようお会計するには、どう計算機を使うべきか。

最初は(押しかけ店員がこんなに居座っていいものだろうか‥)という「奥床しさ」もあったのだけれど、いつしか楽しい気持ちの方が上回ってどうでもよくなり、本当の店員さんにも「上手ですね」と言われてどうやら迷惑ではないらしいと安心し、ちゃっかり賄いごはんまでご馳走になって大満足の一日だった。

 

岩茶房マルシェ(2018年1月)

 

さて、そんな思わぬことがあってようやく思い出したのだが、もともとわたしは接客が好きだったのだ。

学生時代からずっとシャンソンの流れる珈琲店でアルバイトをしていて、それが大好きだった。その珈琲店は時々フリーマーケットにも出店していて、売り子は慣れていたのだった。

出産を機に店を辞めて十数年経つうちにそんなことはすっかり忘れていて、むしろ接客は苦手な方だと思い込んでいたのだ。

 

帰宅してからもこの楽しさはしばらく続いた。その楽しさの源泉は、「忘れられていた自分の一面が再発見された喜び」なのかもしれない。

が、どうしてわたしは、この自分の得意技を完全に忘れていたのだろうか。

それはもちろん、単に使う機会がなかったからである。が、もうひとつ、それは冒頭に書いたように、「基本的に自分は無能だ」と思っていたからでもある。もしかしたら、もっと早くその能力を「売り込んで」いれば誰かの役に立てたかもしれないのに、そんな価値は自分にはないと、どこかで執拗に思い込んでいたからである。

 

幼い頃、よく母を手伝っては「余計なことしなさんな」と叱られていた。かき混ぜればこぼし、包丁を持てば怪我をし、皿を洗っては割っていた。ついにわたしは若くして、「人生余分なことはしない方が賢明だ」と結論を出した。

子どもに手伝わせると、時には手間が3倍にも5倍にもなる。子どもを持ったいま、よく怒った母を責める気にはなれず、むしろ同情する。

それでもこのことは、わたしの無意識の奥底に「わたしは何をやっても役立たず、かえって迷惑になる人間だ」という固定観念を植え付けた、ひとつの大きな要因だろうと思う。

 

大人も子どもも、観察していると欲求はそんなに変わらない。ただ大人の方が、それを上手に包めるだけである(包みきれない大人も時々いるが‥)。

子どもが手伝いたくてたまらないということは、実は大人もそうなのである。誰かの役に立ちたいのである。

しかし自分は役に立つ人間だという自信が持てなければ、その欲求は歪んだ形で表れることもある。

 

そろそろわたしも、(セラピスト業などしているのに呆れたことかもしれないが)「自分は無能だ」という奥底の思い込みをそっと手放す時かもしれない。握りしめることで安全地帯にいたというメリットもあったのだが‥。

マルシェの手伝いを通して再会した20年前の自分が、そっとこう囁いてくれた気がした。

 

 

※手伝った「中目黒マルシェ」はこちら

次回は2018年2月16日(金)17日(土)の開催、わたしも売り子を務めます。

 

※【2018年4/13(金)午前】クリスタルボウル・ヨーガ

10時〜11時30分  自由が丘「スタジオカムシア」にて ご参加費・4000円

4/13クリスタルボウル・ヨーガ