あなたは「ピラミッドのある世界」を望むか否か〜宮崎駿『風立ちぬ』を観て感じたこと

人は本当に心揺さぶられると言葉を失うのかもしれない。

心で感じたものをどんな言葉で、文で表現したら良いのか、3日間わからず筆を取れなかった・・

 

3日間ブログが更新できなかったのは、夏休みの初日、

アニメ映画『風立ちぬ』のDVDを観てしまったからです。

「宮崎アニメ」は子ども達と一緒にその大半を観ましたが、わたしにとっての最高傑作は紛れもなくこの作品です。

 

※『風立ちぬ』公式サイト

http://www.ghibli.jp/kazetachinu/

 

1・これは「答え」をくれない作品である

1-1・欲しい「答え」を与えてくれない

人は「答え」を欲しがる傾向があるように思います。

映画なら、その主人公が「善」か「悪」か、自分の中で結論を出してスッキリしたいという思いがないでしょうか。

そして子ども向けのアニメーションなら尚更、主人公は「善」であることが当然です。

しかしこの主人公・堀越二郎は、「善」なのか「悪」なのかわからないのです。

(おそらくこのアニメーションは、本当は子ども向けではないでしょう。)

 

彼は大天才で、日本の飛行機製造に革命を起こしたと言っても良いでしょう。

しかし飛行機製造は軍事産業に他ならず、彼自身の思想がどうだったにせよ、

彼が太平洋戦争に加担したことは紛れもない事実なのです。

それは「善」か「悪」か。

 

立つ視点によって賛美することも非難することもできる主人公、

それが堀越二郎なのです。

 

 

1-2・「ピラミッドのある世界」は是か非か?

作品中、「君はピラミッドのある世界とない世界、どちらを選ぶか」という台詞が出てきます。

二郎の夢の中で、イタリアの飛行機設計者カプローニが二郎に問いかける言葉です。

 

「ピラミッド」、解釈はいろいろでしょう。

が、わたしは「文明の象徴」と捉えました。

 

ピラミッドが作られた真意は、いまだに謎のようです。

が、これらの人工建設物は、「自然」が与えてくれるもの以上を得たいと人間が望んだからこそ、生まれたものでしょう。

人間は「ただ与えられた」もの以上を求め、それが文明を作り発展させ、「進化」させた。

 

しかし、文明の進化は「善」なのでしょうか?

現代は石器時代に比べて、本当に豊かで幸せなのでしょうか?

 

石器時代まで遡らずとも、飛行機以前と飛行機以降で、人間社会は「より良く」なったのでしょうか?

 

 

2・美しい戦前の日本の風景に感嘆し現代を慨嘆する

作品には、大正から昭和初期にかけての日本の美しい風景や風俗がたくさん描かれています。

瓦屋根の日本家屋、着物に下駄の人々、きちんとした言葉遣いや身のこなし‥

現代の東京ではまずお目にかかれない人や暮らしが描かれていました。

 

どうして日本は、この美しい暮らしを守れなかったのか。

この時代から進まなければ良かったのに。

ついそう思ってしまうのです。

 

これを観ていると、戦後の復興と高度経済成長は、「進化」ではなく「破壊」だったのではないかとすら思えてきます。

手軽で快適な空の旅や高速列車と引き換えに、わたしたちは何か「大切なもの」を失いつつあるのではないか。

 

そう考え始めると、もう、「文明の進化は良いことだ」なんて単純には言えなくなってくるのです。

すると主人公二郎も、「破壊者」の一人だったのでしょうか?

 

 

3・これは「ピラミッドのある世界」を選びたがる知識人のための作品か?

3-1・「冬の旅」「会議は踊る」「魔の山」〜前知識があってこそ数倍楽しめる

もうひとつわたしが驚いたのは、作品中に散りばめられた「ある象徴」です。

 

ドイツの街角の家から流れてくるシューベルトの歌曲『冬の旅』は、第6曲『増水』の一節、

「渇えたように熱い苦しみを」。

※『増水』和訳

http://www.ongaku1616.com/naniwa-cl/die_winterreise/006.html

 

また、軽井沢で二郎を含めた3人が歌うのは『ただ一度だけ』、

ウィーン会議を舞台にしたオペレッタ映画『会議は踊る』で有名になった、当時の流行歌です。

※wikipedia「会議は踊る」

https://ja.wikipedia.org/wiki/会議は踊る

 

 

そして、二郎が軽井沢で会うドイツ人の名は「カストルプ」、

カストルプといえば直ぐにトーマス・マン『魔の山』を連想する人は、一体どれほどいるのでしょうか?

そして『魔の山』といえば、結核(高原のサナトリウム)と戦争の足音。

おそらくこの作品は、『魔の山』意識したものだと思います。

※wikipedia「魔の山」

https://ja.wikipedia.org/wiki/魔の山

 

 

これらの「ある象徴」への解説は一切出てきません。

たまたまわたしは実父が二郎とほぼ同世代だったので知っていましたが、

現代の日本人の果たしてどのくらいが、これらの「象徴」に気づくことができるのでしょうか。

 

 

ちなみにこれらの「象徴」は、知る者にとってはその使いどころに深く頷き感動するもので、

この作品『風立ちぬ』の深みを何倍にもするものです。

もちろん知らずとも充分楽しめるでしょうが・・・

 

そもそも題名の由来となったのが、ポール・ヴァレリーの詩『海辺の墓地』の一節だということも、

一体どれほどの人が知っているというのでしょうか?

(「風立ちぬ、いざ生きめやも」は、堀辰雄の訳)

そしてここにも、「アキレスと亀」の例えが出てくるのです。

いえ、内容全てが映画の暗示であるともいえるでしょう。

実はこれらの「象徴」は、全部が全部、繋がっているのです。

※『海辺の墓地』和訳

http://rimbaud.kuniomonji.com/jp/etcetera/le_cimetiere_marin_jp.html

 

 

(余談ですが、カプローニはゲーテ『ファウスト』の悪魔メフィストフェレスと重なるところがあります。

原罪思想ではないですが、知への渇望とは悪魔の囁きなのかもしれません。)

 

宮崎駿監督はこれらを知る知識人や教養人、いわゆる「インテリゲンチャ」に向けてのメッセージとして、

この作品を作られたのかもしれないとも思えるのです。

 

 

3-2・「インテリゲンチャ」は「ピラミッドのある世界」を選びたがる

才能ある人は、その才能を活かしたいという欲望を持つものです。

主人公・二郎はまさに、その典型。

 

彼だって愚か者ではないのですから、自分が戦闘機を開発することが社会や国家にどういう影響を及ぼすのか、

全く考えなかったわけではないでしょう。

が、その影響の「良し悪し」を突き詰めるよりも、彼はただ、

自らの溢れる才能を余すところなく使って「美しい飛行機」を作ることを選んだ。

 

自らの才能を活かすことが社会にとってプラスになるかマイナスになるか、そんなことには関係なく、

ただ与えられたチャンスを掴んで活かした。

「矛盾」を解明することなく、矛盾は矛盾のまま受け入れた。

 

 

彼は「ピラミッドのある世界」を選んだのです。

ここに来て「ピラミッド」とは、能力ピラミッドやヒエラルキーのことも指しているのかもしれません。

 

 

文明文化の多くは、社会の「上層部」が生み出してきました。

洋の東西を問わず、貧富の差から富裕層が生まれ、知識人が生まれ、

それらの人々が学問も芸術も「進化」させてきたのです。

そう、これが、「ピラミッドのある世界」。

 

知力であれ財力であれ権力であれ、才能を持つ人々はそれを活かしたいがために「ピラミッドのある世界」を望むものです。

これはまた、人間の自然な欲求でもあるでしょう。

それを是とするか非とするか。

 

これによって、天賦の才能に恵まれた主人公・二郎への評価も、180度変わるのではないでしょうか。

 

3-3・少数が「ピラミッドのある世界」を望めば、みなその世界に引き摺りこまれる

しかし、特に秀でた才能に恵まれたわけでもない「普通の」「平凡な」人々は、

もしかしたら「ピラミッドのない世界」を選ぶかもしれません。

 

自然から、天から与えられるままで充分ではないか。

別に幸福になると決まったわけでもないのに、

どうして進化進歩する必要があるのか。

(これは老荘思想の「無為自然」にも繋がるでしょう)

 

が、少数の「非凡な」人たちが「ピラミッドのある世界」を選んだならば、才能のあるなしに関わらず、

みなその世界に引き摺りこまれていくのです。

そうして「進んで」きたのが、有史以来の人間の歴史でしょう。

 

それが、「良い」か「悪い」かはわかりません。

この映画も、それに明確な答えは出しません。

 

 

3-4・「インテリゲンチャ」に自らを振り返らせる作品か

おそらく宮崎駿監督自身、かなりの知識人・教養人でしょう。

でなければ、このような作品は生まれないと思います。

 

もしかしたらこの作品には、知識教養ある「現代のインテリゲンチャ」たちに向けてのメッセージが隠されているのかもしれません。

自らの才能を手放しに賞賛しても良いものだろうか、と。

 

もちろん、答えは「良い」でも「悪い」でもありません。

ただ、時折問いかけるのみ。

 

さて、わざわざ「インテリゲンチャ」という古めかしい言葉を使いたくなったのは、

これが最も、二郎や本庄、里見やカストルプ達を表すのに的確な言葉だと思ったからです。

それは平成の現在の「知識人」ではなく、わが父がそうだったように、

昭和初期から戦前にかけての、若干の揶揄を含んだ「インテリゲンチャ」のイメージなのです。

 

 

 

4・リアリティのある戦前日本の「知識階級」の描写〜わが父と重ねて

もうひとつ、わたしがこの作品に特別な思いを抱いた理由は、

父の思い出と重なるからでしょう。

 

いつもきちんと背広を着込み、帽子を被り、淡々と話しながらも会話には冗談も混ぜ、

時にフランスの詩やドイツの歌も織り交ぜてくる主人公・二郎の姿は、

二郎と数歳しか違わなかった実父の面影と重なるのです。

(わたしは父が60代後半の時の娘です。)

 

もちろん二郎のような天才ではありませんが、そこそこの「インテリゲンチャ」であった父もやはり、

ドイツ語に親しみ、ゲーテやヴァレリーを読み、「冬の旅」や「ただ一度だけ」を口ずさんでいました。

「会議は踊る」も、むかし父と一緒に観たものです。

ついでですが、やはりかなりのヘビースモーカーで、娘のわたしが頼んでもなかなか止めてくれなかったものです。

ですから二郎のキャラクター設定には、十分なリアリティがあるのです。

 

父が若い時代を過ごした東京はこんな風景だったのかと、アニメーションを観ながらわたしも感慨にふけったものです。

宮崎駿監督はそこまでお歳を召されてはないでしょうが、きっとかなり調べ尽くされたのではないでしょうか。

 

 

5・抑えた表現につい涙が溢れる

5-1・「一機も戻ってきませんでした」

わたしにはちょっと天邪鬼なところがあり、感動を強要されるのが大嫌いです。

感動を強要されるの例は、映画やドラマで「いかにも」な演出をされること。

「いかにも」なBGMや台詞など聴いたあかつきには、感動なぞするもんかと斜に構えてしまうことすらあります。

そんなわたしは、映画で泣くことは滅多にありません。

(もっとも映画やドラマそのものを滅多に観ないのですが。)

 

しかしこの映画のラスト、

「(わたしの設計した飛行機は)一機も戻ってきませんでした」には、

不意に涙が出て止まらなくなりました。

それは何への涙だったのでしょうか?

 

5-2・涙の「答え」はやはりない

答えは、わかりません。

いえ、敢えてその答えを求めるつもりもありません。

ただ「涙が出た」、その事実で充分です。

 

この映画には、どんな問いにも答えがないのです。

「答え」をくれないから、観終わった後にスッキリせず、

スッキリしないからいろいろ考えてしまいます。

 

「答えの出ないものを楽しむ」、これもインテリジェンスであり、

インテリジェンスもまた、良いものか悪いものか永遠に判定できないものではあるでしょうが・・

 

 

6・良い作品とは、答えを示さず考えさせてくれる作品

観終わってまる48時間、日課のフェイスブック投稿が何ひとつできませんでした。

日常生活は普通に送り、入った仕事も普通にしっかりしていました。

しかし、何も書けなかったのです。

 

それが、良いのです。

ここまでの作品はなかなかありません。

観終わって72時間、やっとブログも書くことができました。

というより、これを何とか少しでも言葉にして絞り出さないと、先に進めない感じに追い立てられたのです。

 

わたしの仕事には何の関係もない内容ですが・・

 

 

そしてこのブログにも、答え=結論はないのです。

エッセイ的文章としては失格なのかもしれません。

が、たまにはこれで良いではありませんか・・

 

 

7・まとめ〜おそらく宮崎アニメの最高傑作、是非一度はご覧ください

以上のように、スッキリはできないものの、

深く考えることを好む人にはお勧めできる宮崎アニメの最高傑作なのではないかと思います。

しかし残酷な描写は少なく、子どもと一緒でも問題なく楽しめるでしょう。

どこまで深く感じとっているかはともかく、まだ小学生の末っ子も好きな作品だそうです。

 

DVDはレンタル店でも簡単に見つかるでしょう。

この夏ぜひ、ご覧になってみませんか。

 

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午前10時〜12時  自由が丘「スタジオカムシア」にて ご参加費・5000円

1/20水晶七環演奏会
 

 

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10/14(土)自由が丘癒しのフェスタ(クリスタルボウル・ヨーガ)