何かに執着していては真の自信は育たない、まず自分を満たそう

自信をつけるには 何かを得るよりも 執着を手放すこと

 

執着を手放すには 価値を他のものではなく 自分自身におくこと

 

徳を積むとは 自分自身の価値を 他のものへ供していくこと

 

 

※写真の「心理カード」は、わたしがカウンセリングの補助に使う、漢字二文字または一文字のみが書かれた手製のカード。

それ自体にスピリチュアル的な魔力か何かがあるわけではなく、ただ自分の心の中から答えを見つける補助になる「ツール」です。

3年あまり毎日更新していた旧ブログでは、毎朝「心理カード」を引き、その結果をテーマに「今日のメッセージ」を書いていました。

今のところまだ更新中の旧ブログはこちらです

1・なぜ「自信がない」のか

 

自分を信じていないから、です。

文字そのまま。

 

それはいいのです。

人生は常に順風満帆ではなく、時に自分が信じられなくなることはあるでしょう。

 

が、自分に自信がなくなったとき、それを補おうとあまりに他のものに頼りすぎてしまうと、「回復」しづらくなってきます。

つまり、本来自分自身に求めることを、他者に求めてしまっているから。

 

2・なぜ執着が生まれるのか

 

それは一種の「代償行為」なのです。

 

自分の価値を信じられない人が、世間一般に価値があると認められているブランドのバッグなどを持つことで、それを補っているのと同じようなもの。

バッグや宝飾品のこともあれば、財産や肩書きのこともあり、あるいは人のこともあります。

ある人に特別な価値を置き、その人に従い依存することで、あるいはその人をコントロールすることで、自分の価値を高めようとする。

(「教祖」と「信者」の関係ですね)

 

たまには、そんな時もあって良いのです。

常に自信満々でいられる筈もなく、自信を失いぎみな時にそれは有効な薬になることもあります。

が、薬に頼りすぎると、今度は薬なしではいられなくなる。

 

人や物でも、何かに執着すればするほど、自信を回復することからは遠ざかっていくのです。

 

3・徳を積むのは自信があってこそできること

 

またある人は、自分への自信のなさを、他者から求められることで補おうとします。

そのような人は、一見、徳高く素晴らしい人に見えます。

が、詳しい説明は今回は省きますが、それはほんとうの徳積みにはなりません。

 

価値がない(と思っている)人が、自覚のあるなしはともかく、引き換えに価値を得ようとして周りに差し出すものと、

価値ある(自信のある)人が、その価値を周りのために存分に使い役立てることとは、

根本的なエネルギーが違うのです。

 

4・まとめ〜まずは自分から

 

わたしは思います。

自信のない間は、余分に他者へ貢献しようなどとは考えない方が良いのではないかと。

まずは、自分を満たすこと。

 

そういうと、では利己的になれと言うのかと誤解されるかもしれませんが、それはまた違う話です。

あくまでも、「考えすぎない」ということ。

 

まずは、自分から。

自分を信じ、自信で満ちたその時に、溢れた自信で周りも勇気づけられるのですから。