真の「自信」は真の「自分」を知ることから〜2つの方法

自信をつけるには2つの方法がある

 

自らに焦点を絞ることと

自らをどんどん無にしていくこと

 

1・そもそも「自分」とはなんだろうか

 

「自信」とは、「goo辞書」によると、

「自分で自分の能力や価値などを信じること。自分の考え方や行動が正しいと信じて疑わないこと。」だそうです。

つまり文字通り、自分を信じること。

 

※goo辞書「自信」

 

 

ところで「自分」とはなんでしょうか。

そこがはっきりしないと、「自分の能力」「自分の価値」というものも漠然としてくるでしょう。

わかっているようで改めて考えてみるとわからない、そういう感じはしないでしょうか。

 

 

たとえば、わたしの能力の一つはクリスタルボウル演奏でしょう。

が、これはその通りでありながら、そうではない感じもあるのです。

クリスタルボウルを演奏している時のわたしは、ちょっと「自分」ではないような感覚があります。

では誰なのかと訊かれれば、決して何かが乗り移ったりしているわけでもないので、誰とも言えないのですが、少なくとも「いつもの自分」とは違います。

 

 

むしろクリスタルボウル演奏は「いつもの自分」を捨てるからこそできるというところもあり、ある意味においては全く「自分の能力」ではないという気もするのです。

 

 

果たしてクリスタルボウルを演奏している時の音香は、「音香自身」なのでしょうか?

 

 

2・「自分」は何層にもなっていて、どこからが「本当の自分」かはわからない

 

クリスタルボウル演奏中の音香は「音香自身」である、これは「Yes, and no.」でしょう。

つまり、「いつもの音香」ではないけれど、それもまた「音香」である。

 

 

人の心は「表面意識(顕在意識)」「潜在意識」「無意識」の3層に分かれるという説がありますが、これはあらかたその通りなのではないかとわたしも思います。

この3層の中もまた、何層にも分けられると考えていますが。

そしてわたしたちが普段「自分」だと思っているのは、その表面意識の中のごく浅い部分でしかないのです。

しかしその奥には、潜在意識や無意識の「自分の知らない自分」がいるのです。

 

 

有名なフロイトの氷山のたとえを見てもわかるように、わたしたちが普段「自分」だと思っているのは、この氷山が水面上に表れている僅かな部分なのです。

 

※wikipedia「精神分析学」(フロイトの氷山の図があります)

https://ja.wikipedia.org/wiki/精神分析学

 

つまり、クリスタルボウルを演奏しているわたしが「自分ではない感じがする」というのは、「いつもの自分」と認識している表面意識上の「自分」ではないということです。

いわば水面下の自分であり、「いつもとは違う自分」ではあるのです。

 

余談ですが、この「自分」が深いところの自分になればなるほど、演奏にも深みが出てくるとわたしは確信しています。

 

 

3・何層にもなった自分の「どこ」を信じるのか

 

「自分」は表面的になればなるほど、自己保存欲求すなわちエゴが強くなってきます。

しかし、説明は省きますが、深くなればなるほどエゴは薄れ、意識は集団的・全体的になっていきます。

無意識の奥深く、時に「魂」と呼ばれる領域までくると、万物の意識はみな繋がっているという考えかたもありますが、わたしたちはみな宇宙の僅か一点から生じてきた(ビッグバン)ということを考えると、これはあながち誇張でもなんでもなく、その通りではないかとわたしは考えています。

 

さて改めて。

この何層にもなった個人の意識=自分の、どこの自分を信じれば良いのでしょうか?

表面的な自己保存欲求のエゴなのか、それとも、深い深い部分の「ワンネス」とも言われる、他者との一体感でしょうか?

 

 

4・「自信」とは、「自分」の深いところにしっかりと根を張ることでもある

 

もうおわかりでしょうが、自分の深いところを信じられれば信じられるほど、自信は揺るぎなく確実なものになります。

それはまさに、木がその根を深く張れば張るほど、しっかりと立ち成長できるようなものでしょう。

 

表面の浅い、エゴの自分ではなく、「自分」の深いところにしっかりと根を張ること。

 

 

5・同じ目的だけれども方法は2つ

 

そのためにはまず、自分の深いところをしっかりと意識することですが、

その方法は2つあるのです。

 

一つは「自分、自分、自分、自分、‥」と、どこまでも自分自身に焦点を絞って、

表面的な「自分」を掘り下げていくことで自分の内側に目を向け、観察していくこと。

 

 

もう一つは、いわばショートカットで、一気にそれを飛び越えて「無」になることです。

表面的な「自分」をいきなりごっそり捨ててしまうこと。

その為に古来試みられてきたものが、瞑想であり座禅であり、また宗教行事であり修行なのかもしれません。

 

 

この2つの方法は実は同じことでもあり、どちらをとっても良いのではないかと思います。

が、地道で危険が少ないのは、最初の方法ではないでしょうか。

 

修行をせずとも、特定の宗教団体に所属せずとも、心のことを少しだけ学んで自分の心を観察するだけで、

真の「自分」とそこからの真の「自信」を見つけることができるのです。

 

 

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毎月第2土曜日は朝活の日!  次回は9月9日の10時〜12時です

9/9自由が丘朝活

 

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15時15分〜16時45分  自由が丘「スタジオカムシア」にて ご参加費・4000円

12/3クリスタルボウル・ヨーガ