自分の「当たり前のこと」は他人にとっては違う〜野口整体の「体癖」から知る自分の「偏り」

自分のことは自分ではわからないと言いますが、まさにその通りで、

最も自分らしくないと思うことこそが自分の性質だったりすることもあります。

なぜなら人によって「当たり前のこと」はそれぞれであり、

自分は自分の「当たり前」でしかものを見ていないから。

 

昨日はまさにそんなことを、行きつけの中国喫茶、

中目黒の「岩茶房」で体感してきました。

 

※「岩茶房」ホームページ

http://www.gancha-bou.co.jp/index.html

 

 

1・野口整体の「体癖(たいへき)」とは何か

昨日の講座は、「体感・陰陽五行 基礎コース(整体編)」というもので、

野口整体でいう「体癖」を陰陽五行に当てはめながら体感して、自分の個性を知るというものでした。

 

※wikipedia「体癖」

https://ja.wikipedia.org/wiki/体癖

 

※wikipedia「野口晴哉」

https://ja.wikipedia.org/wiki/野口晴哉

 

1-1・人は5つの腰椎の特徴からタイプ分けできる

 

「体癖」は5つの腰椎の特徴で決まるものですが、それに更に陰陽五行の観点を加え、

5つの腰椎はそのまま五行に対応していることから生まれたのが、

岩茶房店主でもある瀬上貴稔さんのこの論です。

五行にはそれぞれ陰と陽があるので、「体癖」が10種類あることと完全に一致します。

いわば十干と同じですから、「甲タイプ」「乙タイプ」と名付けても良いのでしょうが、

ここでは野口整体の分類に従って、数字で「1種」「2種」‥としていきます。

(正確には野口晴哉先生は、特殊体癖としてこれに更に2種類を加え、12種類としています。)

 

例えば前後運動(お辞儀など)の焦点になるところは腰椎5番なのですが、ここに最も特徴のあるタイプを「前後型」と呼びます。

前後型は更に陰陽に分かれ、

陽(鬱散型・能動的)の「前後5種」と、陰(集注型・受動的)の「前後6種」があります。

 

そしてこの10種類の腰椎タイプによって、運動特性はもちろんのこと、思考や行動パターンまでもが決まってくるのです。

詳しくは野口晴哉著『体癖』をお読みください。

 

 

https://www.amazon.co.jp/体癖-ちくま文庫-野口-晴哉/dp/448043044X

 

1-2・自分の体癖は自分ではわからない

整体道場に通っていた頃そうだったのですが、皆たいてい、体癖論を知ると自分が何種なのか知りたくなります。

そこで本を読んで「わたしはあれだろうか、これかもしれない‥」と推測するのですが、多くの場合それは間違っています。

むしろ「これは違う、こんなタイプは嫌だ」と思ったら、それが自分の本当の体癖であることが多いのです。

 

先のwikipedia「体癖」にも、

「自分自身は、認めたくない体癖であってほしくないものである」とありますが、その通りでしょう。

 

 

 

2・体癖から見た音香は「9種」なのか?!

2-1・自分の特徴は「当たり前」すぎて自覚できない

わたし自身のことを例にします。

 

子どもの頃からわたしはよく、「集中力が高い」と言われました。

が、わたし自身はそれが不思議でたまりません。

むしろ自分のことは「集中力が散漫」だと思っています。

 

「探究心が旺盛でとことんまで突き詰める」ともよく言われますが、これまた自覚なしです。

むしろ自分では、なんでも中途半端だと思っています。

 

そう、それが「当たり前」すぎるのです。

むしろ「もっと集中力がある」「もっと探究心がある」状態が、自分の中ではデフォルトとして「普通」なので、

常に自分はそれ以下だと思っているのです。

 

昨日の講座でも、「自分では集中力があるなんて思わない」と言ったら、

「めっちゃありますよ!」と返されました。

で、本当のところは、そう言われるのがやっぱり不思議なのです‥

 

 

さて、このタイプの人には大抵何かのコレクション癖があるものですが、

わたしは何も集めてなんかいないので、これだけは全く当てはまらないなと思っていました。

が、帰ってからふと、気づいたのです・・

 

 

大きな茶箱いっぱいの岩茶、古いものは2004年産から、
底からぎっしり詰めてあります

 

 

 

…もしかして、これは世間では「コレクション」と言う???

(相変わらず本人に自覚なし!)

 

毎日岩茶を飲み続けて14年(というのもこの体癖らしさか?)、

今更気づいてかなり、かなり衝撃だったわたしでした…

 

 

…はい、メイン体癖はどうやら集注型の「閉型9種」らしいのです。

まだ本人は納得しきれておりませんが…

 

 

注・体癖「のみ」で人を全て説明することはできず、これもまた一面に過ぎません

 

 

2-2・たいてい「人からみた自分」の方が正しい

が、いろいろな人に言われたことからして、納得はできないものの察しはついていました。

そしてこれは、わたしに限ったことではなく、本当によくあるケースなのです。

 

昨日の講座でもご参加者さまのほとんどが、ご自分の結果を意外に思われたようでした。

例えばあるボランティア精神の篤い「捻れ型8種」の方も、その程度のボランティア精神は「当たり前」だと思っていらして、

ご自分がそうであるという自覚はまったくなかったようです。

けれどもお話を伺うと、それは人並み以上の奉仕の心がないととてもできないようなことを、「当たり前に」されていたのです。

 

 

「自分のことは自分が一番わからない」とはよく言ったものです。

実はこれ、心理カウンセリングや占いでもよく言われます。

案外心理カウンセラーやセラピストも自分のことはわからず、

敏腕占い師でも自分のことは読み間違ったりするものです。

 

そう、「主観」が強く入るから。

 

だから人間やっぱり、

自分を知るには他者を必要とするのだなと痛感したのでした。

 

 

3・人の在り方に絶対的な「正解」はないと知る

3-1・自分の「当たり前のこと」は他人の「当たり前のこと」ではない

昨日改めて痛感したのはこのこと。

 

「誰もが自分のことは『普通』だと思っているが、誰も『普通』ではない」と言うことです。

(ここで「わたしは自分のことを普通だなんて思っていない!」と抗議したくなったら、「捻れ型」かもしれません?!)

 

しかし、実は自分では「ごく普通」だと思っていることこそが、自分の最大の特徴・個性かもしれないのです。

ここにきてようやく、わたしも自分の「低い」集中力は、

世間一般では「高い」方だと言うことを認めざるを得なくなったのです。

 

言い換えれば、ほとんどの人には自分以下の集中力しかなく、うっかりそれを期待してはいけないということ。

これは良い悪いではなく、個性だから変えようもないのです。

 

「周りが変なんだ」と決めつけるより、まず「自分が変なんだ」と知ることです。

そう、誰もが「変」なのです。

 

 

3-2・愛あるも良し愛なきも良し、我慢強いも良し諦め早いも良し〜人の性格に絶対的な善悪はない

Wikipediaにざっと目を通されるだけでも、体癖によってその「デフォルト」の感受性は様々だということがわかるでしょう。

 

※再・wikipedia「体癖」

https://ja.wikipedia.org/wiki/体癖

 

ここからわかるように、もともとボランティア精神旺盛な、いわゆる世間で言う「愛」に溢れた人もいれば、

そんな「愛」よりも毀誉褒貶や利害損得に敏感な人もいます。

 

我慢強い人、一つのことにじっくり取り組むのが「普通」の人もいれば、

諦め早く次々と違うことに取り組む人もいます。

 

そしてこの中には「正しい」「こうあるべき」「優れた」体癖などありません。

言ってしまえばどれも偏りであり、偏りのない人などいないのです。

 

 

どの体癖にせよ、一種類の人ばかり集まったら大変なことになるでしょう。

わたしのような閉型9種ばかりが集まって討論などしたら、みなとことんまで議論し始めて、

「来週まで生テレビ」状態になってしまうかもしれません?!

(そして誰もが、議論し足りなかったと感じて不完全燃焼だったりして…)

 

 

3-3・自分と違う思考や行動の人がいるからこそ、世界のバランスは保たれている

時々「信じられない!」と思う思考や行動の人はいます。

しかし単純計算で10人中9人は、自分と同じ基準ではないのです。

 

例えるなら、真ん中で支えられた10角形板のそれぞれの頂点に、1人ずつ乗っているようなものです。

どこかが欠けてもバランスが崩れます。

10種類のタイプそれぞれがいてくれて、中には自分とは真反対の発想、逆の感受性の人もいるのですが、

だからこそ板=世界はバランスを保って存在しているのです。

 

まず、それを知ることだと思います。

 

正解の「あるべき」人間像なんてなく、「真ん中」の個人はいない。

が、他人を見て自分を知ることで、「真ん中」を知ることはできる。

 

「人は〜であるべき」と考えるよりも、

「自分は〜であり、それは普通ではない。」「あの人は〜であるが、自分はそれと同じではない」と知ることこそが、

これからの自由で快適な人間関係を築いていくための秘訣なのだと思っています。

 

 

 

4・まとめ〜あなたもわたしもみな変人、他者を知ることで「真ん中」「中庸」が見えてくる

もう自分が普通とか普通じゃないとかで思い悩むのは止めませんか。

どうせ、みな「普通じゃない」のです。

「普通じゃない」のが、普通。

 

あなたも変人です。

わたしも変人です。

そして、変人でない人はいません。

 

大切なのは変人は変人同士、どのように調和していくかということです。

「普通」「中庸」は、違う変人が集まり調和することによってのみ、生まれるのではないでしょうか。

 

言い換えれば、自分が人と違うからといって悩むこともなく、

他人が自分と違うからといって責めるのもまた、ナンセンスなのです。

互いの違いを知り、そして調和を試みる。

 

これからの人間関係の鍵は、ここにあるのだと思っています。

 

岩茶房店主・瀬上さんには、6月9日放送の「心に水晶を」でも陰陽五行をお話していただきました

 ※参考記事・岩茶と陰陽五行と意識の探求〜「22世紀版陰陽五行」とは何か(自由が丘FMTV)

 https://otoka.jp/岩茶と陰陽五行と意識の探求〜「22世紀版陰陽五行/

 

※【9/16(土)午後】水晶七環演奏会〜贅沢な中国茶付きで極上のひととき

15時30分〜17時30分  自由が丘「スタジオカムシア」にて ご参加費・5000円

9/16水晶七環演奏会
 

 

※【10/1(日)】クリスタルボウル・ヨーガ

15時15分〜16時45分  自由が丘「スタジオカムシア」にて ご参加費・4000円

10/1クリスタルボウル・ヨーガ

 

※【10/14(土)】自由が丘癒しフェスタ

10時〜18時  自由が丘「スタジオカムシア」にて

10/24自由が丘癒しフェスタホームページ