自分のタイプを知ってどうするのか?〜性格判断や占い、体癖などの活かし方

体癖はそれに振り回される言い訳に使うものではなく、

それを知ることで必要に応じて制御できるようになるためのもの

 

昨日の記事で、ちょっと余談的に書いた一文ですが、今日はこのことを主題にして書いてみます。

 

体癖(たいへき)とは、野口整体でいう腰椎の特徴からみた人間の癖を表す概念で、身体的特徴のみならず思考や行動のパターンもわかってしまうものですが、

この「体癖」を「性格判断テスト」や「占い」など、様々な人間のタイプ分けをするものに置き換えても、これは言えると考えています。

 

※wikipedia「体癖」

https://ja.wikipedia.org/wiki/体癖

※wikipedia「野口整体」

https://ja.wikipedia.org/wiki/野口整体

 

 

1・自分のタイプを知ることはプラスになるのか

1・なぜわたしの先生は各人の「体癖」を教えてくれなかったのか

かれこれ17年お世話になったわたしの整体の先生ですが、わたしの体癖をはっきりと教えてくださったことはありませんでした。

もちろん講習に出て勉強すれば薄々感づいてはくるものですが、それでもわたしは自分の体癖をはっきりとは知らず、

先日それが明らかになったときは納得しつつも、やはり少々驚いたものです。

 

※参考記事

自分の「当たり前」は他人の「当たり前」ではない〜体癖から知る自分の「偏り」

https://otoka.jp/自分の「当たり前」は他人の「当たり前」ではな/

 

 

あるとき、もう長年通われている整体の先輩が、こう言われました。

「体癖って、知るとそれにあぐらをかく人が多くて嫌なのよね・・」

 

おそらくわたしの先生が、各人にそれぞれの体癖をはっきりとは告げてくださらなかった理由も、

まさにそれだったのではないかと推察しています。

 

 

1-2・自分のタイプを知ることがプラスになるとは限らない

個人的に血液型占いはあまり信用していないのですが、

例えば「血液型B型はマイペースでわがまま」と言われることがあるようです。

そこで「わたしはB型だからわがままで当然よ」と開き直るのもいかがなものでしょうか?

 

どうかすると、自分が「わがままなB型」だと知ったことで、更にわがままぶりを発揮する人もいるものです。

もちろんこれは、占いに限ったことではありません。

エニアグラムなどの性格診断、ウェルスダイナミクスやストレングスファインダーなどの強み診断なども、同じです。

 

体癖でも、例えば、

「わたしは上下型だから行動しなくて当然」「左右型だから理解できなくて当然」「前後型だから何でも損得勘定で考えるのが当然」などと開き直って、

もともとあったそれらの傾向がマイナスの方向に更に大きくなることはあるでしょう。

あるいは「捻れ型だからとにかく誰かと競争しよう」「閉型だからとにかく何かに集中しよう」などと、

かえって自分の思考や行動パターンを狭くしてしまったり。

そうなってみると、この人は自分の体癖など知らない方が周りのためだったのに、と思いたくもなります。

 

占い好き、診断好きの人は多いです。

何を隠そう、わたしも好きな方です。

が、多くの人はそれで自分のタイプを知ったからといって、何か良くなるわけでもないと見ています。

いや、良くなるわけでもないくらいならまだいいのですが、

むしろ自分の思考や行動を狭めてマイナスになってはいないでしょうか。

 

 

2・「自分探し」は何のため?

もしかしたら、今は空前の「自分探しブーム」なのかもしれません。

 

衣食足りて礼節を知る、ではないですが、

物質的に豊かになると、人間は精神的な豊かさを求めるようになるようです。

では、精神的な豊かさとは何なのでしょうか。

 

わたしの見たところ、多くの人が探し求めているのはまさに、

その「答え」なのではないかと思います。

 

物は溢れて生活は便利になったのに、なぜか「幸せ感」が薄い。

それはどうしてなのか、どうしたら「幸せ」を実感できるのか。

やはり物質だけではない、精神的な「なにか」があるのではないだろうか。

 

精神的な「なにか」を求めるためには、まずは自分の精神を、「自分」を知ることが大切だと考えるのでしょう。

「わたし」はどんな人間で、本当は何を求めているのか。

 

世に溢れる占いや診断の裏には、そんな人々の渇望があるように感じられるのです。

 

 

 

3・占い・性格診断・体癖論など「タイプ診断」の使い方

さて、自分のことが知りたくなって、いろいろある「タイプ診断」の何かでヒントを得るとします。

そのとき、その「タイプ診断」の活かし方には、

表面的な浅い「レベル1」と、それを超えた先の「レベル2」があるように思います。

 

その前に、レベル以前の「レベル0」があるかもしれません。

「レベル0」は、「ただの娯楽」「同じ結果のお仲間を見つけて喜ぶ」あたりでしょうか‥

 

 

4-1・レべル1〜自分をタイプに当てはめることで自分を許す(赦す)

例えば、何ごとも他人と比較するという自分の癖を悪いことだと思い、それを気に病んでいた人が、

自分の体癖が闘争型の捻れ型だと知ったことで、

それこそが自分の「自然」なのだと知り、そのことで自分を責めなくなる。

 

それが「自分(の欠点)を許すために使う」ということです。

これはどんな性格診断や占いを使うにせよ、同じことです。

 

A型だと知れば、自分の持つ「A型の欠点」はしょうがないと受け入れることができる。

牡羊座だと知れば、自分の「牡羊座らしい欠点」も自分らしさとして認めることができる。

 

これが、「タイプ診断」の使い方「レベル1」です。

敢えてそのタイプの「枠」の中に自分を当てはめることで、

自分の中の「追い出すべき」と思っていた欠点の居場所を見つけるようなイメージでしょうか。

 

 

4-2・レベル2〜自分のタイプという「枠」から外れることができるようになる

多くの人はレベル1で止まるでしょう。

それもまた、別に悪いことではありません。

 

しかしタイプ判断の真髄は、実はこの先にあるのだとわたしは考えています。

それは、

「枠」を知ることで枠に収まるのではなく

「枠」の外に出ることができるようになる

ということです。

 

先の例で言えば、

自分は闘争型だと知った人間が、自分の「自然」な傾向のままでいれば闘争的にものごとを考えると知ったことで、

敢えて「自然」にせず一工夫加えることで、闘争的にものごとを考えることから解放される、

そういったことです。

 

例えば、体癖でいう閉型9種傾向を持つわたしは、本来、ものを捨てるのがとても苦手です。

(9種にはコレクション癖があり、放っておくと何一つ捨てず、つまらないものでも溜め込む傾向があります。)

そこで、「わたしは9種だからしょうがないわよね」と溜め込み続けるか、

「放っておくと溜め込む傾向があるのだから、放っておかないようにしよう」と決意するか。

 

 

もちろんこれは、どちらが正しい正しくないという問題ではありません。

ただわたしが言いたいのは、

人はタイプの枠の中で生きることも、タイプの枠を飛び出して生きることもできる、ということ。

 

しかしどちらかと言えば、タイプの枠の中に閉じこもる人間よりも、タイプの枠の外に出てくる人間の方が、

様々な異なるタイプの人々にも歩み寄って良い人間関係を結ぶことができるでしょう。

 

 

4・まとめ〜あなたは自分のタイプを知る準備ができていますか?

話戻って、おそらくわたしの整体の先生が、通っている人にその人のタイプ=体癖をなかなか教えなかったという理由も、

「レベル0」もしくは「レベル1」で止まる人が多いからではないでしょうか。

 

本質的なものにしか興味がない9種傾向のとても強かった先生にとって、それは、

「知って一体どうするんだ」という感じだったのかもしれません。

(わたしにも9種傾向はあるので、何となくわかるような気がします。)

 

なんでも知れば良いというものではなく、「知らぬが仏」ということもあるものです。

知る前に、その知識の「使い方」を覚える必要があることもあるでしょう。

自分のタイプというものも、その一つかも知れません。

 

 

自分を知る、自分探し、それもまた結構なことです。

でも、知ってどうするのですか?

知る準備はできていますか?

 

あまり真面目に思い悩むことなどないですが、

時には診断サイトなどをクリックする前に、しばし考えてみても良いのではないでしょうか。

 

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1/20水晶七環演奏会
 

 

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10/14(土)自由が丘癒しのフェスタ(クリスタルボウル・ヨーガ)